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2016年9月30日 (金)

「祈り」 ナマステ・インディアin女川

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9/17に宮城県女川で初開催となった「ナマステ・インディアin女川」で、櫻井暁美先生とギータンジャリダンサーズの舞台『祈り』に、カダム・ジャパンの皆さんと一緒に出演させていただきました。厳しいスケジュールのなか、ご指導くださった櫻井暁美先生に感謝いたします。

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2016年9月23日 (金)

ナマステ・インディア2016

16923_29/24.25は、日本最大級のインドフェスティバル「ナマステ・インディア」が、東京代々木公園で開催されます。 わたしたち「チャラナ・カマラ」は、25日(日)の14時からステージに出演です。 今年は、高橋愛(めぐみ)ちゃんと二人で踊ります。めぐちゃんが関西に引越しして半年。 忙しい中、時間を見つけては神奈川まで稽古に来られています。 インドを愛する多くのグループ、団体が集まるこのイベント。 どうぞ遊びにいらしてください。 モノクロームの写真は2014年のめぐちゃん。 河野千年さんの撮影です。

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2016年9月20日 (火)

ナマステ・インディアin女川町-2

宮城県女川町での「ナマステ・インディアin女川町」に行って来ました。 「ナマステインディア」のボランティアや出演者のみなさんとバスツアーで2泊3日ご一緒させていただきました。 「インド」という大きく深い共通項を持つ方々とは、どこかで出会ったような親しさを感じます。 ナマステの詳細は9/1のブログをご覧ください。 

今回は短い時間であっても女川のみなさまと触れ合いたいと思って、衣装のまんま、あちこちうろうろしていました。 案の定というかハデハデの舞台衣装に興味を持っていただき、子供たちや観客の方々とお話することができました。 震災のお話を踏み込んでお尋ねできなかったのが後悔なのですが、ある方は避難していた仙台から女川に戻って来られたとのことで、イベントをとっても楽しんでいらっしゃる様子。 そこにはインドの方々への感謝を強く感じ、わたしにまでも愛を向けてくださっているようでした。 この日、踊ったのは「マニキャビーナ・マンガラチャラン」。 弁才天として知られるサラスバティ女神を讃える踊りです。 水と豊穣の女神の愛が女川に世界に届きますように。

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2016年9月 8日 (木)

タゴール横浜来訪100周年記念祭

1698_2今、むゆうじゅでは、インドの詩聖ラビンドラナート・タゴールの作品を上演しようと取り組んでいます。10月1日には、「タゴール横浜来訪100周年記念祭」に出演させていただくことになりました。横浜市開港記念館という歴史あるすてきな会場で、インドから来日した音楽家らと共に出演します。詳細はHPをご覧ください。

「いまから百年後に、わたしの詩の葉を、心をこめて
読んでくれる人、君はだれかーいまから百年後に?

早春の今朝の喜びの仄かな香りを、今日のあの花々を、
鳥たちのあの唄を、今日のあの深紅の輝きを、
わたしは心の愛をみなぎらせ君のもとに届けることが
できるだろうかー

いまから百年後に。

(略)

いまから百年後に 君の家(うち)で、
歌って聞かせる新しい詩人は誰か?

今日の春の歓喜の挨拶を、 わたしはその人に送る。
わたしの春の歌が、しばし君の 春の日に、こだま
しますように。

君の心臓(こころ)の鼓動のなかに、 若い蜂たち
のうなりのなかに、そして、木の葉のざわめきのなか
にも、こだましますように。 いまから百年後に。』 」
(タゴール作詩「100年後」より抜粋)

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2016年9月 1日 (木)

ナマステインディアin女川町

秋から、いくつかのイベントに参加させていただきます。 機会があればどうぞいらしてください。 まず、9月17日、宮城県女川で、初めての開催となる「ナマステインディアin女川町」に出演させていただきます。 インドのレスキュー隊が震災のときに来てくださったところから交流がはじまったそう。以下は共催のNPO法人日印交流を盛り上げる会の長谷川時夫さんからのメールより、勝手に抜粋させていただきます。

「東日本大震災の2週間後、インドレスキュー隊46名が女川町に1週間ほど入り、遺体の回収に貢献した。特に前年設立されたレスキュー隊は装備がなく、海にはフンドシ姿で入る。崩れた家屋に対しては手や棒での作業に、現地の多くの人が涙した。以来、町長が大使館を訪れ、感謝。インドのレスキュー隊の隊長が大使共々女川町を訪れるなど、厚い交流が続いている。
 NPO法人日印交流を盛り上げる会に対して、女川町に是非インド舞踊公演をという、2代にわたるインド大使の言葉。地震後2年間は、最も被災の酷かった町の一つ、女川町にとって、舞踊公演など簡単に受け入れられる状況ではなかった。しかし一昨年、当会はインド東北部インパールからの「マニプリ舞踊公演」(16名)を実現。昨年はグジャラート舞踊団(10名)を実現。」

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